私のやりたいことは自分で認識する~採用広告の目的は人を採用すること~

広告というものは出稿主の目的を叶えるものである。

私はこの事実がわからなかった。

私は新卒の就職活動のときに、
まんまと採用広告に言われるがままだった。

時はITバブル崩壊後の就職超氷河期。
これからはベンチャーだ、大手は潰れると
散々煽られていた。

それを恨むわけではない。

ただ私はあのとき無知だったために、
そうだと純粋に考え、
そして、ベンチャーっぽい会社に入った。

そう、力をつけなくてはいけないと考え、
相当なハードワークの会社に入った。

日曜日の休みは確保されているものの、
土曜日は休めるかどうかがあやふや。
平日は、毎日終電、家に帰ってからも
日報など報告業務もある。

睡眠時間は5時間程度。
朝の出勤は、
8時とこっちはまあ普通。


おかげさまで大層鍛えていただいた。

この会社には今は感謝しか実はないのだが、
採用広告についての疑問は今も残る。

私は悔しくて、実はその採用広告側の会社に入った。

ただし、そんな嘘っぱちは売りたくはなかったので、
当時勃興中の人材紹介業、今では転職エージェントという
まろやかな名前に変わっている事業だ。

これは、また採用広告をバージョンアップしたようなものであった。

個々人として、両面の顧客に「真面目」にすることはできても、
やはり企業という大枠では、
やはりお金を出す側の視点でやるほかない。

基本的にはお金を出す側、すなわち企業側を支援する。
企業の採用の支援をするもので、
どうやって求職者を口説くのかというのがメインテーマであった。

タダでサービスを受けようとするものは
喰い物にされる。

この現実を理解するのに私は10年かかった。

何とか個人の努力で、真の顧客志向を貫きたい。

そう考えていた。

そう、自分のような人間が生まれないようにと。

それは甘かった。
そもそも、企業という大枠は、ブレない。

企業は事業活動のためであり、
それがゴールである。

経済活動は、お金をもらうことが目的であり、
そのための情報提供である。

経済活動を阻害するような、
企業にとって不都合な情報は提供する必要はない。

少々の矛盾があっても、満足している人たちがいるのであれば、
経済活動上問題ないのである。

私はこれに気付くまで10年もかかるほど愚かであった。

社会に反発し、企業に反発していた。
私の無理解、無知が招いたものである。

私が所属していた企業は業界でトップであり、
特にそのような甘い考えを許容する文化はなかった。

それでも、何とかパフォーマンスを上げていたので、
私は在籍することができたが、
当然表面的な評価はしても、
真の評価はしない。

私は、長いものに巻かれろとは思わない。

しかし、私のように、表面的な正義感、正論で
社会に反発するのは全く無意味である。

ただ小利口なだけで、
実態は単なるバカである。

私は、15年前の私に伝えたい。

社会とか企業とか組織とかがどうあるべきとか考えるな。

ただ自分がしたいこと、やりたいことだけを考えろ。