通勤電車に乗ってる人の99.9%が貧民である。

(もちろん私も含めます。) だから、周りに怒っても怒っても仕方ないですよね。私も含めて教養が低い。 我々は貧民ではないとそうでないと思い込まされているだけ。 きれいな電車。定時運行。標準以上のサービス。 電鉄会社は、自分達で沿線に住宅を立てて…

恋愛は勘違いの行きついた結果だ。

※ここでは便宜上男女とする。 男女の脳回路の違いは明白だ。 それを理解していないまま、お互いに理解しあえていると感じる。それが最大限盛り上がるのが恋愛。男女の根源的な違いを理解していないままの、恋愛というのは勘違いでしかない。 女性が男性に対…

鉄道は水道と同じ

鉄道は水道と同じ。水のかわりに人を運ぶ。人という物資。力のある人は鉄道から人という労働力を得る。 私は運ばれている側です。

周りに振り回されるな。周りに依存しているから、イライラするのだ。

楽しいことをしよう。 面白いことをしよう。 エッジが立っていることをしよう。 とにかく自分の人生を歩もう。 他人の人生ではなく、自分自身が選んだ道を進んで、 自分の人生を歩んでいる、その実感を大切にしよう。

悪意は伝わる。

譲ることでその事象を勝ち越せる。

謙虚素直挨拶愛嬌

悪意を送ると悪意で返される。

嫌々仕事をしている人は他人の些細なミスが気になって仕方ない。

嫌な仕事をする。 ↓ 嫌々、仕事をきちんとする。 学歴の高い人にありがちなパターン。 ↓ この行為は劣等感を生じる。 ↓ この劣等感は、 他人がきちんとしていないことに、 非常に憤りを感じる。

笑っていられるために健康であり続ける。

好かれているから評価される。好かれているから仕事が集まってくる。

笑っていると人もお金も集まってくる。

笑っていないと人もお金も集まってこない。

春の通勤電車はかくもあさまし。

仕事の目的は成果である。

そのための手段は本来無限に選ぶことができる。 しかし、 組織秩序に配慮すると、 変なことが起きる。 会社における不健全なストレスは、 組織秩序維持のためのルールが原因だ。

プライベートが土日にないと、平日の仕事モードの頭が切り替わらない。ご

プライベートが充実してなくてもいいのだが、 プライベートな内容が土日にないと、 平日の仕事モードの頭がリセットされない。 常に仕事のことを考えている状態になる。

余裕のない人に何を言っても届かない

余裕のない人は放っておくに限る。 自分が余裕がなくなった時には、 本当に助けて欲しい人からは、 放って置かれている可能性を 思い出したほうがいい。

通勤電車は不快の巣窟

巣を出してくる人間が多い。 これが真実の人間の姿とはいえ、 この電車は人間的なのだろうか。

口の軽い人は重責にはつけない

劣等感マネジメントは一つの経営手法だ

劣等感で、 悔しいとか思わせれば、 仕事の動機となる。 それで、仕事をやらせて、 経営の利益にする。 従業員マネジメントの一つが、 劣等感喚起とも言える。

やればできる、は嘘。

その人は、今できなければできない。 それで良い。 今できない人は、 今後もできないで良い。 その瞬間にしか、 他人の自分には大事ではない。

我慢しても我慢しか産まれない

何も意味がない。

不安の生みの親はコンプレックス。

過去の自分に関するコンプレックスや、 親に対するコンプレックスが 不安を生み出している。 自分の外に不安の原因があるのではない。 内在している。

人は感情とロジックで意思決定する。

大事なことがもう一つある。 感情とロジックでは、 感情の方がプライオリティは圧倒的に上だ。

社会の大半は劣等感でできている。

社会の大半は、劣等感でできている。だから劣等感に配慮しなくてはならない。 自他ともにだ。自分自身がないと思っていても、実は劣等感を潜在的に持っていることはよくあることなのだ。 劣等感は他人より自分が劣っているという感覚。自我形成のプロセスに…

劣等感が強い人は周囲が全て敵に見える。

敵意に満ちた世界に見える。 しかし、じゃあ劣等感がない人などどこにいるのだろうか。 社会の底辺、というか真ん中周辺から、 下は劣等感持ってる人ばかりだ。 人を威圧する。 見下す。 いじめる。 となれば、 中の上以上の人だけが、 この劣等感から逃れら…

他人を認める、それは相手の伸びしろはないとも言える。

他人をすごいという。 そうするとそれまで。 まだまだだという。 まだ期待しているわけだ。 伸びしろに期待しているわけだ。 逆説的だが、 これ以上ない人はすごいと言っておけ。 そうすればイライラしなくなる。 その人がどんなにダメな人であっても。

何で不満があるのか。

それは自分に関して、 理想と現状のギャップがあるからだ。 さらにいうと、 自分の現状の延長線上に、 自分の理想がないと、より不満を持つ。

それがその人の精一杯

私は毎日その日のうちには帰れないという仕事に、 5年以上勤めていたことがある。 その会社の社員は、お互いのことを、 人はいいんだよね、とよく言っていた。 私も同意する。 しかし、みな人当たりがきつい。強い。 平たく言えば、きつい言葉をよく投げかけ…

満員電車にしか乗れない自分が悪い

車に乗れない自分が悪い。 職場のそばに住めない自分が悪い。 最も混んでる時間に乗るしかない自分が悪い。 自責だ。

春って嫌じゃないですか、と言われても同意し難い自分がいる

確かに三月四月は変化も多く大変なことも多い。 しかし表題のことばに同意してしまうと この変化の時期を後ろ向きに捉えてしまうことで、 その後もマイナスになってしまう気がするのだ。 事実だからといって、 それが全て正しいとは限らない。

他人を下手に批判してはいけない

その人はその人なりに限界値まで やるべきことをやっているのかもしれないのだ。

「みんな」という言葉で安心したらそこで終わり。

ちょっと届きそうなのに自分にないと嫉妬する

噛みつかれるこっちが中途半端だから、 噛みつかれる。 こっちも悪い。

何事にもこだわりがない人は寛容に見える

後腐れがないからだ。 これを意図的にできればパーフェクトだ。 何事にも本気でこだわりがない人は尊敬されないからだ。

電車は安価な輸送手段。

安価なのだ。

高級住宅地に賃貸住宅はない。

全体的に余裕のなくなった社会というのは息苦しい。

何をしても叩かれる。 何をされても許しがたい。

嫌な人にプレゼントをあげる。

何かの機会にかこつけて。 そうすると、 嫌な気持ちを克服できる。 好きになるのではない。 無関心になる。 なぜなら、 乗り越えたからだ。

感受性がない人は、感受性が自分はないなと悩まない。

悩む人は感受性がある。 本当に感受性がない人は、 とにかく相手の感情に気付かずに、 とにかく空気が読めない。 そして当然そんな状況に気付かない人だ。

批判をしない、謝罪を求めない方がうまく回る。

裁判沙汰にしないのと同じ理屈だ。 どうしても譲れない部分でなければ、 流す。 総合的に見て、その方が得だ。

日本社会は年齢が上というだけで威張れる風土がある。

燃えるような恋愛を誰もができるわけではない。

余裕がないと感情が噴き出る

喜怒哀楽が異常に出てしまう。

自分が本当に欲しいものを見つけられる人って案外といない。

自分が欲しいと思っていても、 違っていたりする。 それにさえも気付かずに死ぬ人もたくさんいる。 人というのは、 そういう意味で生かされている、 使役の意味で生かされていると感じる。 助けられているという意味の、生かされているではなく。

執着がない人は何に対しても関心のない人

だからこそ、 心にもないことができたりする。 興味のない人に優しくしたり。 こういう人はモテる。 しかしその実態は冷たい人だ。

したいことをすればいい、は傲慢だ。

したいことを気付けない人はたくさんいる。 したいことを言い表せられない人もたくさんいる。 したいことをもちろんできない人もたくさんいる。 したいことをすればいい、はそんなに単純じゃない。 それができる人の傲慢だ。

ネガティヴな心情だと何を感じてもネガティヴ

その証拠に、 ネガティヴな時に良いものを触れたのなら、 ポジティブな時に再度触れ直してみるといい。 全く違った感覚を覚える。 それこそがネガティヴの怖さだ。

追い詰められている人に何を言っても無駄

その人が助けてほしい、 アドバイスがほしいというモードにならないと、 反発を買うばかり。

自分ができないことを人ができている、それだけで腹が立つものだ。

これが腹の立つ全てだ。 やりたいことができなくて、嫉妬、は わかりやすい。 実は失礼だ!と思って、腹の立つこと、 それも、できないことを人ができる、 だから腹が立つ、と同じである。 失礼なこと=腹が立つ=できないことを誰かがする 失礼なこと=モラ…